大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)152号 判決

原告 ジョルジュ・エ・カンパニイ・エス・ピー・アール・エル

右代表者 ロバート・ジョルジュ

同 レイモンド・ジョルジュ

右訴訟代理人弁理士 秋山武

被告 富士機工株式会社

右代表者代表取締役 黒川一

右訴訟代理人弁理士 石山博

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和四九年審判第七五二〇号事件について昭和五四年四月二四日にした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決

二  被告

主文第一、二項と同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「金属屑の処理法」とする特許番号第六八六四四三号発明(一九六八年七月二五日のベルギー国における特許出願に基づく優先権を主張して昭和四四年五月一日出願、昭和四七年九月一一日出願公告―特公昭四七―三六一二一号、昭和四八年四月一六日設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者であるところ、被告は、昭和四九年九月一九日、特許庁に対し、本件発明について特許無効の審判を請求し、昭和四九年審判第七五二〇号事件として審理された結果、昭和五四年四月二四日、「第六八六四四三号特許は、無効とする。」との審決がされ、その謄本は、同年五月二一日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として三か月が附加された。

2  特許請求の範囲の記載

一定量のスクラップを冷却剤が通過できるようなこまかい隙間が多数存在するような状態に予め予備的に圧縮してブロックとし、前記の隙間に-60℃ないし-120℃の液体窒素を通過させてスクラップを冷却、脆弱化し、次いでこの冷却したブロックをさらに圧縮してスクラップを粉砕する金属屑の処理法。

3  審決の理由の要旨

(一) 本件発明は前1項記載のとおりの経過により設定登録されたものであり、特許請求の範囲の記載は前2項記載のとおりである。

(二) (審決の判断)

「CRYOGENIC ENGINEERING」RUSSELL B, SCOTT, D, VAN NOST-RAND COMPANY, INC. 1959,二七八頁の窒素についての温度―エントロピー線図によると、液体窒素の沸点が-195.8℃であり、臨界温度がほぼ-147℃であることが認められる。そうすると、液体窒素は、-147℃以下の温度でのみ存在しうることが明らかであるから、本件発明の特許請求の範囲中の液体窒素の温度としての「-60℃ないし-120℃」は、誤りである。

この点について、被請求人(原告)は、「-60℃ないし-120℃の」は、「-60℃ないし-120℃に」の誤記(ミスタイプ)であって、被処理物の温度であるとし、このことは当初の特許請求の範囲又は特許発明の明細書の記載、特にたとえば実施例中の一-195℃で注入された窒素」からも明らかである旨主張する。

そこで、出願当初の明細書の特許請求の範囲の記載を検討すると、これには、「スクラップを-75℃よりも低温、たとえば-80℃ないし-120℃間に冷却し、それから機械的圧縮処理を施し、かつ(又は)打撃し、それから磁力的に分離することを特徴とする金属屑の処理法」とあること、また、本件発明の明細書によれば、発明の詳細な説明の項に、「注意すべきことは、温度が約-75℃よりも低くされた際に、鉄とその合金は非常に脆弱となり、単に圧力をかけるだけでそれらを破砕することができるが、その他の金属は未だ延性のある状態を維持していることである。」、「トンネル内へ-195℃で注入された窒素」(実施例中)、「鉄はたとえば吸収によってプラス20℃から-90℃に冷却される。」(同)、「ブロックはここで最低-120℃まで冷却された。」(同)との記載が認められる。これらの記載から考えると、特許請求の範囲にある「-60℃ないし-120℃」という温度は、スクラップブロックを冷却したときの、その温度であることが一応考えられる。けれども、発明の詳細な説明には、スクラップブロックの冷却温度の上限を-60℃とすることについては記載されていない。

そこで、前記のとおり、-75℃よりも低温で鉄及びその合金が非常に脆弱となって容易に粉砕することができる旨、鉄のスクラップブロックが最低-120℃まで冷却された旨の記載によれば、スクラップの冷却温度範囲は、「-75℃より低く、-120℃まで」と認められる。しかして、明細書の全体の記載に徴すれば、本件発明は、鉄及びその合金が-75℃よりも低温で脆弱化されて容易に粉砕されるが、他の金属、たとえば、銅、アルミニウム等はかかる低温で脆弱化されないとの性質を利用して、鉄及びその合金を主体とするスクラップを前記低温度に冷却し、次いで粉砕し、鉄及びその合金をその際粉砕されない他の金属から分離する、ということを発明の技術的思想とするものと認められる。そうであるとすると、-75℃よりも低く、-120℃までとする冷却温度は、スクラップとして鉄及びその合金を主体としたものに対応しなければならない。

そこで、本件発明の要旨は、次のとおりのものと認められる。

「一定量の鉄及びその合金を主体としたスクラップを、冷却剤が通過できるような、こまかい隙間が多数存在するような状態に予め予備的に圧縮してブロックとし、前記の隙間に液体窒素を通過させて、スクラップのブロックを-75℃よりも低く、120℃までの温度に冷却し、次いで、この冷却したブロックをさらに圧縮してスクラップを粉砕することを特徴とする金属屑の処理法。」

なお、「化学工業における低温技術」大島恵一外七名著、日刊工業新聞社、昭和三七年一二月二五日発行一〇八頁ないし一一〇頁には、面心立方格子に当る金属、たとえば、オーステナイト系銹鋼は、低温で脆化することはない、-184℃以下での使用に耐える旨記載されていることが認められるからオーステナイト系不銹鋼は、低温たとえば-75℃ないし-120℃で容易に粉砕をすることはできないものと推認することができる。

したがって、前記「鉄及びその合金」からオーステナイト系不銹鋼は、当然除かれる。

しかるに、本件発明の特許請求の範囲には、前記のとおり、必須の構成要件と認められるところの、スクラップが鉄及びその合金を主体とするスクラップであること及びスクラップブロックの冷却温度が-75℃がより低く、-120℃までの温度であることが記載されていない。

なお、被請求人は、この点について前記のとおり、特許請求の範囲中「-60℃ないし-120℃の液体窒素を」は、「-60℃ないし-120℃に液体窒素を」の誤記である旨主張する。

しかし「-60℃ないし-120℃の」の「の」が「に」の誤記であるとしても、その前後にわたる文章は、国語の一般的表現として適切なものでなく、文意明確さを欠くものといわざるをえない。なお、仮に被請求人のいうとおり、該温度がスクラップブロックの冷却温度と解することができるとすると、前記説示のとおり発明の詳細な説明には、ブロックの冷却温度として-75℃よりも低温とある(当初の特許請求の範囲でも、-75℃よりも低温としていた。)だけで、-60℃ないし-75℃の間については、全く言及されていない。したがって、-75℃以上で-60℃を上限とする温度は、スクラップの冷却温度と認めることはできない。

また、被請求人は、本件発明におけるスラクップとして、体心立方格子あるいは六方格子に属する金属は処理の対象となりうるとし、スクラップを鉄及びその合金を主体としたものに限定する必要はない旨主張する。

しかし、本件発明の明細書には、全般にわたって鉄とその合金について説明されていて、前記主張にいうその他の金属については全く触れられていない。また、-75℃より低温で-120℃までの温度範囲をスクラップの冷却温度として特定すれば、かかる温度範囲で脆弱化し、容易に粉砕できるものとしてあげられた鉄及びその合金を主体としたスクラップを特定することが合理的であるといわなければならない。この点の被請求人の主張は採用することはできない。

以上のとおりであるから、本件発明の特許請求の範囲は、発明の必須の構成要件に関し、スクラップの対象及びその冷却温度につき明記を欠くものとせざるをえない。

よって、本件発明についての特許は、特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり、同法一二三条第一項第三号の規定に該当するから、これを無効にすべきものである。

3  審決を取消すべき事由

審決は、本件発明の明細書の「発明の詳細な説明」の記載に基づいて本件発明の要旨を認定し、これを前提として「特許請求の範囲」の記載が特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしていないとしたが、右審決の認定は、次の点において誤りであり違法であるから、取消されるべきである。

すなわち、-75℃以上で-60℃を上限とする冷却温度範囲については、当初の明細書の「発明の詳細な説明」欄に、何ら言及のないことは認めるが、一五度C程度の温度差は、対象スクラップの組成に基づく実施上の誤差と認めうる範囲であるので、審決がいうように、この点をもって「特許請求の範囲」に本件発明の必須の構成要件の記載を欠いたものということはできない。

審決が、「前記説示のとおり発明の詳細な説明には、ブロックの冷却温度として-75℃よりも低温とある(当初の特許請求の範囲でも、-75℃よりも低温としていた。)だけで、-60℃ないし-75℃の間については、全く言及されていない。したがって-75℃以上で-60℃を上限とする温度は、スクラップの冷却温度と認めることはできない」とした判断は誤りである。

審決が右の点の判断にあたって、「当初の特許請求の範囲」の記載を根拠の一つとして「当初の特許請求の範囲でも、-75℃よりも低温としていた。」点を指摘したことは、パリ条約第四条H項の規定の精神に違背し、その判断自体数値限定の場合の限界の真の意義を正しく理解しないものである。

従来、わが国においては、温度範囲の上限値もしくは下限値に疑いがあるときには、その発明の範囲が不確定であるとして、発明の成立性もしくは特許性が否定されていたが、米国においては、上下限の数値限定がある場合に、そのうちの一方のみが臨界値的性質を有し、他方の限界値は、実用的な、主として経済的な要請から来る値の限定であることが確認され、このようにみるのが今日では米国における確たる司法慣行となっている。

わが国においても、発明における数値的限定の場合の限界の意義を右の如く理解するのが正しいというべきである。

これを本件についていうと、「鉄もしくは鉄系合金」(鉄を純鉄と合金鉄とに分ければ、スクラップとして本件発明の方法において処理される被処理対象物の主体は、鉄系合金というべきである。)の低温脆性を利用してスクラップを分別する技術においては、冷却温度範囲のうち、下限、すなわち低温限界(-120℃)にこそ重大な臨界的意義があることは当然である。なぜなら、スクラップの組成がどのようなものでも、これさえ守れば、いわゆる深冷破砕が実施できるからである。一方、上限の方は、高温限界になればなるほど、最低温度より遠ざかるものであるから、「温」に近い領域であって、「冷」の効果からいうと、その効果が薄く、いわば非臨界的な値のものである。そして、問題は、純物理的な処理とか挙動に関するものであるから、あらまし、その傾向は漸次的変化の領域にあって、その発明的な性向は勿論類推が可能な領域にある。さすれば、実施例において、-75℃という特許請求の範囲に記載された上限値(-60℃)にかなり接近した値を挙げておけば、実用的上限値の性向を当然のこととして推定できるものである。すなわち、いわば「温」の領域に近い範囲における低温脆性は、むしろ、温度そのものよりも、スクラップの組成のいかんによって支配される傾向が強い。

「-75℃と-60℃との間の温度差」、一五度Cの差は、下限の-120℃に比べて僅か一〇%余りの差異にすぎず、かえって、いろいろの組成のスクラップについて実験を行なった結果に当然含まれている程度のことである。右一五C度程度の温度差は、スクラップの組成の違いに基づく実施上の誤差と認めうる範囲にある。このことは、本件発明の明細書全体の記載から明らかであるから、その特許請求の範囲の記載が、本件発明の構成要件に関し明記を欠くものとはいえず、本件発明の特許が、特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとして審決の判断は誤りである。

二  被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の審決取消事由についての主張は、争う。

審決の判断は、正当であり、審決には原告主張のような違法の点はない。

(一) 原告は、審決が、-75℃よりも低温である点の指摘として「当初の特許請求の範囲でも、-75℃よりも低温としていた。」と認定したことに対し、これがパリ条約第四条H項の規定の精神に違背するというが、当該条文は優先権の否認に関するものであって、本件発明の特許の無効理由とは関係がない。

(二) また、数値限定の意義についての米国における認識を根拠として、限定範囲の不確定の場合に特許性などを否定してきたわが国の従来からの慣行を非難するが、仮に、原告の右の点の主張に誤りがないとしても、本件発明の特許を無効にすべき事由とは関係のないことである。なぜならば、本件発明の特許を無効にした事由の一つは、スクラップが冷却される温度範囲が明記されていないというにあるからである。

原告は、鉄もしくは鉄系合金の低温脆性を利用してスクラップを分別する技術については、問題の温度範囲のうち、下限、すなわち、低温限界にこそ重大な臨界的意義のあることは当然である旨主張しているが本件発明の実施において、臨界的意義をもつのは、むしろ上限値である。すなわち、低温脆性化する金属と低温脆性化しない金属との混合物を分別する場合、まず不可欠になる要件は、脆性化せしめる金属の脆性化温度(必要最少限の被冷却温度)でなければならない。換言するならば、本件発明が「低温脆性」を利用するものである以上、被冷却温度範囲で意義をもつのは、脆性化する温度、すなわち、上限値であって、下限値は、むしろ冷却効率等の経済的な意味合で考慮されることは自明である。

したがって、「低温脆性化」を利用する技術にあっては、必要最少限の冷却温度が-60℃か-75℃かは重大な意味をもつものであって、原告が主張するように類推あるいは推定で事足りるものではない。

確かに、スクラップ中の「鉄及びその合金」の種類によってはそのスクラップの必要最少限の冷却温度に差異の生ずることは理解できるが、仮に、どのようなスクラップにも対応できるようにすることが目的であるとするならば、どのようなスクラップにも対応できる必要最少限の冷却温度を特定せねばならない。しかるに、発明の詳細な説明においては(公報二欄三七行ないし三欄四行)、「注意すべきことは、温度が約-75℃よりも低くされた際に、鉄とその合金は非常に脆弱となり、単に圧力をかけるだけでそれらを破砕することができるが、その他の金属は未だ延性のある状態を維持していることである。」と説明され、しかも、-60℃との関連については記述がない。したがって、「いろいろの組成のスクラップについて実験を行なった真実の結果に当然含まれている程度のことである。」との原告の主張は失当である。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因1ないし3の事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。

まず、本件発明の特許請求の範囲には、スクラップブロック「……の隙間に-60℃ないし-120℃の液体窒素を通過させてスクラップを冷却、脆弱化し、」と記載されていること及び-75℃以上で-60℃を上限とする温度範囲については、出願当初の明細書の「発明の詳細な説明」には言及されていないことは当事者間に争いがなく、原告は、前記特許請求の範囲の記載は「-60℃ないし-120℃に液体窒素を通過させて、スクラップを冷却、脆弱化し、」の誤記であって、右の温度範囲は、被処理対象物であるスクラップブロックの冷却温度であり、しかも、当初の明細書の「発明の詳細な説明」において言及されていないところの-60℃ないし-75℃の温度範囲は、スクラップの組成に基づく実施上の誤差の範囲である旨主張する。

確かに、液体窒素の沸点は、-195.8℃であるから、前記特許請求の範囲の記載をそのまま「-60℃ないし-120℃の液体窒素」と読んだのでは意味をなさないことが明らかであるが、それだからといって、次のとおりの理由によって-60℃を冷却温度の上限と認めることもできない。

本件発明の出願当初の明細書によると、出願当初の明細書における「発明の詳細な説明」には、「注意すべきことは、温度が、約-75℃よりも低くされた際に、鉄と通常の合金は非常に脆弱となり、単に圧力をかけるだけでそれらを破砕することができるが、その他の金属は未だ延性のある状態を維持していることである。この発明は、スクラップを-75℃よりも低温、たとえば、-80℃ないし-120℃間に冷却し、それから機械的圧縮処理を施し、かつ(又は)打撃し、それから磁力的に分離することを特徴とする金属屑の処理法である。」(五頁五行ないし一四行)と記載され、かつ、当初の特許請求の範囲の記載も、これに即して「スクラップを-75℃よりも低温、たとえば、-80℃ないし-120℃間に冷却し、」となっていたことが認められ、「発明の詳細な説明」に記載された発明における冷却温度範囲は、-75℃ないし-120℃であることが明らかであって、そこには、スクラップの冷却温度の上限を-60℃とする開示は全くない。

そして、本件発明の特許公報によれば、出願当初の明細書に対するその後の補正によって原告が誤記と主張する「-60℃ないし-120℃の液体窒素を通過させて」なる文言が特許請求の範囲及び「発明の詳細な説明」の三欄九行ないし一〇行に挿入されたことが推認されるが、これが原告主張のとおり誤記であるとしても、出願当初の明細書に開示されたスクラップブロックの冷却温度の範囲は前記のとおりであり、かつ、本件発明の特許公報にも「注意すべきことは、温度が約-75℃よりも低くされた際に、鉄とその合金は非常に脆弱となり、単に圧力をかけるだけでそれらを破砕することができるが、その他の金属は未だ延性のある状態を維持していることである。」(二欄末行ないし三欄四行)との記載がそのまま残されていること、スクラップブロックの冷却温度のうち-60℃ないし-75℃の温度範囲については、詳細な説明に特段の説明のないことなどからして、発明の詳細な説明に記載された発明の構成に欠くことができない事項としてのスクラップブロックの冷却温度は、-75℃ないし-120℃の範囲の温度であるとみざるをえない。

また、スクラップ中の鉄及びその合金の種類によっては、そのスクラップの必要最少限の冷却温度に差異の生ずることが認めうるとしても、-60℃や-75℃附近の温度は、それぞれ十分測定が可能であるし、一五度Cもの温度差であることからしても、-60℃と-75℃とは、この種技術的分野の発明を実施するに際して明確に区別できるものとみるべきである。したがって、一五度Cの温度差は実施上の誤差の範囲にすぎないとする原告の主張は、採用できない。

右のとおりであるから、原告主張のように、特許請求の範囲に記載された「-60℃ないし-120℃」の温度範囲をスクラップの冷却温度を記載したものと認めることはできない。

また、審決が出願当初の明細書に記載された冷却温度範囲の認定に関し、出願当初の特許請求の範囲においても、-75℃より低温としている旨の認定をした点をとらえ、原告は、パリ条約第四条H項の規定の精神に違背すると主張するが、審決は、出願当初の出願書類の全体に記載された発明としても、-60℃ないし-75℃の間の冷却温度については、全く記載がないことの根拠の一つとして、当初の特許請求の範囲の記載を指摘したにすぎないから、この点に原告主張のような誤りがあるとはいえない。

以上のとおりであるから、本件発明の特許請求の範囲の記載は、発明の必須の構成要件に関しスクラップブロックの冷却温度等につき明記を欠くものとした審決の判断には誤りはなく、本件発明の特許は、特許法第三六条第五項の規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものとした判断は正当であり、この点に原告主張のような違法はない。

三  よって、審決の違法を理由としてその取消を求める本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の附与につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、同第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木秀一 裁判官 舟本信光 舟橋定之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例